もはやSF? 世界を変えるすごい技術「量子コンピュータ」とは
量子コンピュータが実用化されると私たちの暮らす世界はどのように変わるのか
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目次
量子コンピュータとは、量子力学特有の原理を利用することで、膨大な量のデータの高速処理を可能にする計算機のことです。
異なる状態が同時に存在する「量子重ね合わせ」という不思議な現象を用いており、従来のコンピュータでは対応できないような複雑な問題を解決できると期待されています。
2024年11月8日、理化学研究所やNTTなどの研究グループが、新方式の量子コンピュータの開発に成功したことを発表しました。
これは、原理的にあらゆる計算が可能となる世界初の汎用型量子コンピュータです。
スーパーコンピュータが解けない問題を瞬時に解くことができる量子コンピュータが実用化されると、私たちの暮らす世界はどのように変わるのでしょうか。
次世代の計算機 量子コンピュータの仕組み
まず、「量子コンピュータ」の「量子」とは、粒子と波の性質をあわせ持った、とても小さな物質やエネルギーの単位です。
私たちの身の回りのあらゆる物質は、目に見えない小さな量子が集まってできています。
このとても小さな量子の世界では、ニュートン力学や電磁気学といった物理法則が通用しません。*1
日常生活で当たり前になっている物理現象とは異なる量子の性質を研究する学問が、量子力学です。
量子コンピュータは、量子力学のなかの「量子重ね合わせ」が基本的な原理となっています。*2
「量子重ね合わせ」と聞いてピンとこない方も、「シュレーディンガーの猫」という少し奇妙な話については耳にしたことがあるかもしれません。
「シュレーディンガーの猫」とは、オーストリアの理論物理学者シュレーディンガーがアインシュタインとの書簡による議論をもとに発表した思考実験モデルです。
箱の中に、一匹の猫と放射性原子の崩壊によって壊れる毒ガス入りの瓶がはいっており、この瓶がいつ壊れてしまうのかはわかりません。
つまり、箱の窓を開けて観測するまでは、猫が生きている状態と死んでいる状態が同時に存在することになります。(図1)*3

出所)NiCT「シュレーディンガーの猫状態の生成に成功」 p.3
https://www.nict.go.jp/quantum/topics/4otfsk00000bfwmv-att/schrodinger.pdf
この思考実験は、量子重ね合わせ状態がいかに不条理なものなのかを説明するたとえです。
従来のコンピュータのビットと呼ばれる情報単位では、2進法における「0」と「1」のどちらかしかとることができません。
しかし、量子コンピュータの量子ビットでは、量子重ね合わせによって「0」と「1」両方を表現することができます。(図2)*4

出所)日本総研「量子コンピュータの概説と動向」 p.7
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/pdf/11942.pdf
従来の古典ビットではすべての組み合わせを逐次計算する必要がありますが、量子ビットの場合は、すべての組み合わせを同時に表現した上で、確率的に確からしい答えを探します。
そのため、量子コンピュータは従来のコンピュータと比較して、扱う情報が桁違いに多くなり、圧倒的な速度で計算処理をおこなうことができるというわけです。*2
スーパーコンピュータが莫大な電力を消費して、何万年かかっても解くことができないような問題でも、量子コンピュータであれば圧倒的に少ない消費電力で、現実的な時間内に解ける可能性を持っています。*5
量子コンピュータが実現したら生活はどう変わる?
もし量子コンピュータが実現したら、世界に存在するどんな問題でも高速で解けてしまうのでしょうか。
その答えは「NO」です。
実は、量子コンピュータは得意分野が限定されており、今後スーパーコンピュータに置き換わる存在というわけではありません。
量子コンピュータは計算処理の性質上、膨大な組み合わせから「良さそうな」答えを確率的に導き出すケースに向いています。
つまり、給与計算などの唯一の答えが必要になる厳密な計算処理には向いていないのです。*4, *6
万能ではありませんが、量子コンピュータは多くの可能性を秘めており、金融、創薬・医療、材料科学、エネルギーなどの幅広い産業分野で適用できると想定されています。(図3)*7

出所)総務省「量子技術分野の動向と今後の課題」 p.3
https://www.soumu.go.jp/main_content/000790351.pdf
たとえば、金融の分野では、株や為替などの金融取引戦略の高度化やリスク予測、ポートフォリオ最適化などが可能になると考えられています。(図4)*8

出所)内閣府「量子技術の具体的な活用イメージ」 p.15
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/11kai/siryo1_2_3.pdf
金融取引における膨大な量のシナリオを高精度、短時間で処理できる量子コンピュータであれば、即日あるいはリアルタイムで新たな戦略を打ち出すことが可能になります。*8
すでに国内の証券会社や銀行では、量子コンピュータのビジネス活用に向けた基礎検討を開始しています。*6
材料開発の分野においては、従来手法では到底できないような精度と速度で物質中の電子のふるまいをシミュレーションすることで、革新的な機能をもつ素材を開発できると期待されています。
量子コンピュータとAIを活用したサイバー空間におけるシミュレーションと、実空間での合成・評価、分析・計測を組み合わせることで、次世代材料開発を加速させることができます。(図5)*8

出所)内閣府「量子技術の具体的な活用イメージ」 p.16
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/11kai/siryo1_2_3.pdf
太陽光発電のパネルや電気自動車の電池材料などに必要な次世代材料が開発できれば、カーボンニュートラルの実現に貢献することにもつながります。
世界初の技術!日本が開発した光量子コンピュータ
2024年11月8日、理化学研究所が率いる研究グループが、世界に先駆けて新方式である光を使用した量子コンピュータの開発に成功したことを発表しました。
光方式の量子コンピュータは、従来の量子コンピュータよりも大規模な量子計算をより高速におこなうことができます。(図6)*9

出所)理化学研究所「新方式の量子コンピュータを実現」
https://www.riken.jp/pr/news/2024/20241108_2/index.html
量子コンピュータの方式には、超伝導、中性原子、イオン、シリコンなどがありますが、光方式には、以下のようなメリットがあります。
- 計算のクロック周波数を原理的には光の周波数まで高められる
- 他方式と違いほぼ室温動作が可能
- 光多重化技術によりコンパクトなセットアップで大規模計算が可能
- 光通信と親和性が高く量子コンピュータネットワークの構築が容易と考えられる
今回開発された光量子コンピュータでは、「量子テレポーテーション」という技術を計算に応用しています。
量子テレポーテーションとは、「量子もつれ」を介して量子情報を遠隔地に転送することです。(図7)*9

出所)理化学研究所「新方式の量子コンピュータを実現」
https://www.riken.jp/pr/news/2024/20241108_2/index.html
「量子もつれ」も量子がもつ特異な性質の一つで、量子同士が強い結びつきをもち、片方の状態を観測すれば、もう片方の状態が確実にわかるというものです。
理論上ではどんなに遠く離れていても、一方を測定することでもう一方の状態を確定できるため、量子通信などにも応用することができます。*10
この「量子もつれ」を大規模に生成して、量子テレポーテーションを繰り返し、計算を実行しています。
また、今回開発された光量子コンピュータはクラウドと接続されており、ユーザーが量子回路をデザインしてクラウドへ送信することで、実行結果をクラウド経由で受け取ることができます。(図8)*9

出所)理化学研究所「新方式の量子コンピュータを実現」
https://www.riken.jp/pr/news/2024/20241108_2/index.html
クラウドシステムを整備したのは、量子技術に詳しくない人でも、量子コンピュータを利用できるようにするためです。*11
つまり、量子コンピュータの現実的な社会実装を見据えた仕組みです。
今回、光量子コンピュータとクラウドシステムを実現したことにより、日本の量子コンピュータ研究が新たなステージに突入しました。
光量子コンピュータをより実用的なものとするため、今後も技術開発や性能向上が進められていきます。
今後も加速していく量子コンピュータの技術開発
「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」など、量子はまるでSFの世界のような不可思議なふるまいをします。
量子コンピュータはそんな量子の性質を利用したもので、従来のコンピュータと比較して膨大なデータを超高速で計算することが可能です。
量子コンピュータは、金融や医療、エネルギーなどのさまざまな業界に変革をもたらし、経済成長やカーボンニュートラルの実現に貢献することが期待されています。
アメリカのコンサルタント会社は、量子コンピュータが今後15〜30年以内に最大8,500億ドル(約110兆円)の価値を生み出すと予測しています。*2
世界初となる光量子コンピュータの開発をはじめ、量子コンピュータに関する研究では、日本も世界に強い存在感を示しています。
大きな可能性を秘めた量子コンピュータが私たちの暮らしにどんな変化をもたらすのか、今後もその動向から目が離せません。
参考文献
*1
出所)文部科学省「量子ビーム」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/ryoushi/detail/1316005.htm
*2
出所)経済産業省「量子コンピュータ、その凄さをイチから知っておこう」
https://journal.meti.go.jp/p/21868/
*3
出所)NiCT「シュレーディンガーの猫状態の生成に成功」 p.2, p.3
https://www.nict.go.jp/quantum/topics/4otfsk00000bfwmv-att/schrodinger.pdf
*4
出所)日本総研「量子コンピュータの概説と動向」 p.7, p.9
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/pdf/11942.pdf
*5
出所)MRI「量子コンピューターの何が「すごい」のか」
https://www.mri.co.jp/50th/columns/quantum/no01/
*6
出所)産総研マガジン「量子コンピュータとは?」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20220518.html
*7
出所)総務省「量子技術分野の動向と今後の課題」 p.3
https://www.soumu.go.jp/main_content/000790351.pdf
*8
出所)内閣府「量子技術の具体的な活用イメージ」 p.15, p.16
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/11kai/siryo1_2_3.pdf
*9
出所)理化学研究所「新方式の量子コンピュータを実現」
https://www.riken.jp/pr/news/2024/20241108_2/index.html
*10
出所)産総研マガジン「2022ノーベル物理学賞「量子もつれ」とは」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20230308.html
*11
出所)産経新聞「光量子コンピュータが完成 あらゆる計算可能な汎用型は世界初 理研など」
https://www.sankei.com/article/20241108-35TM5OO7EZLFVBHKNSRSLSO5B4/

フリーライター
石上 文 Aya Ishigami
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。